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プロフィール

ブログ名
老猿 安彦
ブログ紹介
小説家を志ざした父が、少しづつ書き溜めた原稿です。1月14日は父の79歳の誕生日(平成23年)で、誕生日プレゼントとしてブログを立ち上げました。認知症になり娘のことも何もかも忘れてしまった父ですが、日々消えていく記憶の最後まで「俺は小説を書く」と言い続けていました。若い頃、瀬戸内 寂聴さん(当時の瀬戸内晴美さん)と賞争いしていたこともあるそうです。しかし状況が許さず小説家になるのを断念。70歳を過ぎてから「自由都市文学賞」に応募したものの、またもや次点に終わり小説が公になることはありませんでした。父の愛した昭和のかほりを少しでも多くの方々に触れて頂ければ幸いです。

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タイトル 日 時
ありがとうございました。
ありがとうございました。  ブログ『老猿 安彦』は「挽歌」にて終了いたします。  三か月に満たない短い間でしたが、お付合いいただき本当にありがとうございました。  父の原稿はまだまだあり、のんびりと続けていくつもりでしたが、東北関東大震災という未曽有の災害が起きました。今も被災者の皆様や原発関係者の方々が極限の中、命がけで戦っておられます。  一方まだ載せていない父の小説のほとんどが、さしたる動機もないのに、心中、心中、自殺があってまた心中…といった内容。純文学としてはそれでいいのかもしれませんが、掲載を差し控える... ...続きを見る

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2011/04/03 12:13
挽歌 最終話
挽歌 最終話  それから三ケ月ほど経った。間もなく街にも霰の走りがきそうな寒い朝であった。   洋介は早朝当番で学校に行く途中で、遂にジブに会った。  プラタナスの並木が続いた街の大通りであった。まだ人通りはなかった。ジブは街路に面した家の軒下のごみ箱に前足をのせて、中に首を突っ込んでいた。毛並みがすっかり艶を失って、バサバサにささくれ立っていた。 「ジブ!」  洋介は思わず声をあげた。 「どうしたんだ!」  ジブは反射的に顔を上げて、洋介を見た。ジブの目に一瞬光が点った。明らかに洋介を認めた目で... ...続きを見る

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2011/04/02 09:26
挽歌(23)
挽歌(23)  翌日から、大野屋デパートは営業停止となってシャッターが下ろされた。その頃は営業停止にならなくても、もはや何も売るものはなかった。  三月、洋介は無事県立中学校に合格した。  大野屋デパートの前を通ると、あれ以来売り場は閉鎖されたままであった。依然として大野屋社長が釈放される気配もなかった。  大野屋社長が配給制度で支給された軍用品を、不正ルートで横流しをしていて、いまではその取調べが中心になっているという噂が、町にはまことしやかに流れていた。  中学校の授業は全くなかった。洋介たちは、... ...続きを見る

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2011/04/01 12:57
挽歌(22)
挽歌(22)  一週間ほど後に、新聞の片隅に有子と小島の事件の続報が小さく載った。司法解剖の結果、有子が妊娠三か月の妊婦であることが判ったと書かれていた。そうとすれば、洋介が本格的に受験勉強に没頭して、大野屋別荘には全く顔を出さなくなった頃に懐妊したことになる。有子は見掛けよりずっと気性が男っぽくて、小島との間にそういう気配は微塵もみせなかったが、いつ二人が愛し合う関係になってもおかしくないともいえた。  正月に挨拶に行った時、有子が吐き気がすると力なく言っていたが、或いはその時すでに妊娠していたのであろう... ...続きを見る

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2011/03/31 07:14
挽歌(21)
挽歌(21)  タキの死体が芦山の登山道の斜面で発見されたのは、それから三時間ほど後である。  芦山には子供用のスキー場があった。放課後、スキーを抱えて登り始めた数人の小学生が、少しばかり山を上がった左側の斜面に、雪に埋もれた黒いものを見付けた。熊だと言って大騒ぎをしていたが、続いて登ってきたグループの引率者に引き継がれた。  タキは真っ黒なオーバーコートを着て、背中を丸め雪に顔を埋めて死んでいた。  登山道で足を踏み滑らして斜面に倒れ、昏倒して落下したものと思われた。体に損傷はなかった。  この二つ... ...続きを見る

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2011/03/30 07:53
挽歌(20)
挽歌(20)  有子と小島の死体が発見されたのは、その翌日である。早朝、堤防を通りかかった農夫が、不審なものが浅瀬に打ち重なって水に洗われているのに気付いた。  堤防から降りてみると、人の死体であった。男女である。  軍人用のカーキ色のコートを着た男は、河原の小石の上に顔をうつ伏せにし、体を横にして倒れていた。赤いコートを着た女は、男の胸に顔を埋めるように寄り沿っていた。女の長い髪が小石の間で、藻のように水に洗われていた。  二人の上を冬の薄い日が白っぽく照らしていた。  すぐに橋の袂の交番に知らされ... ...続きを見る

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2011/03/29 07:14
挽歌(19)
挽歌(19)  有子が幼稚園の頃、自分を母と感付いていることにうろたえたことがある。幼い口で、「お母さん」と口ごもるのをタキは真っ向から否定した。「お嬢さん」と呼び返して、それをたしなめた。有子はそんなタキを大きく見開いた目でじっと見つめていたが、みるみる眼球が涙で濡れた。タキも後ろを向いて涙を拭いた。  それが有子を幸せにする唯一の道だと思った。有子が将来大野屋百貨店の後継者になることが、タキの生き甲斐であった。地べたを這いつくばるような汚辱に生きたタキのそれが最後の誇りであった。  しかし、全身の神の... ...続きを見る

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2011/03/28 07:09
挽歌(18)
挽歌(18)  粉雪が舞っていた。門のところまで走ったが、左右の道は真っ暗だった。何処へ探しに行っていいのか見当もつかなかった。  タキは川下に向かった。鼻先も見えぬ闇だった。ふと川上を振り返ると、遠くの左側の小窓にぱっと電灯がついた。雪の降りしきる軒下に有子が立っている姿が見えた。タキは無意識に体の向きを変えると、灯火に向かって歩きはじめた  有子を生むまでのことが、しきりと思い浮かんだ。  タキは近在の農村の娘だった。小作の五人兄姉の三女に生まれ、小学校を卒業すると町に出て大野屋百貨店の女中になった... ...続きを見る

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2011/03/27 08:14
挽歌(17)
挽歌(17)  大野屋別荘の斜め向かいの別荘の妻女が真夜中に小用に起きて、ふと小窓から外を見ると小雪が降っていた。その中を、大野屋別荘の門から薄い光の懐中電灯が出ていった。この時間この寒さの中を誰が出掛けるのかと訝った。小雪と闇に掻き消されて、それが二人であることは気付かなかった。  暗闇の中を懐中電灯はゆっくり川下の方に遠ざかっていった。妻女はたいして気にすることもなく寝床に戻った。枕元の目覚まし時計を見ると、ちょうど一時半であった。  最初に、有子と小島の不在に気付いたのはタキである。タキが小用に起き... ...続きを見る

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2011/03/26 07:35
挽歌(16)
挽歌(16)  二人は体を寄せて互いを確かめた。二時間ほどがすぐに過ぎた。それから起き上がって、二人は整えておいた外出の身支度をした。  表玄関より外に出た。鍵はかけなかった。前庭の暗い空から小雪が降っていた。  門を出た途端に、向かいの家の小窓の電灯がついた。はっとしたが、すぐに消えた。  行先は決めてなかったが、川淵が深い下流のほうに向かって無意識に歩き出した。  四、五分歩くと、目先が見えないほどの粉雪になった。 「この辺にしましょう」 と有子は言った。雪道の歩行で息が上がっていた。  小... ...続きを見る

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2011/03/25 07:13
挽歌(15)
挽歌(15)  来客が帰ると、大野屋別荘の三人が自室に引上げ、小島の父と叔父は客間に泊まった。  その夜の寒気はいちだんと厳しく、五人が部屋に入った後は深夜のような静けさになった。  家中が寝静まってから、小島の部屋を訪れたのは有子である。有子は無言で小島の夜具に手をかけた。小島はすこし体をずらして、夜具の裾を上げた。造花のように繊細で毛鞠のような小さな温もりが引き込まれた。有子は小島の胸に顔を向けると、地熱に包まれたような安らぎを感じた。  はじめて小島がお目見えにきた日のことが思い出された。飛騨の山... ...続きを見る

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2011/03/24 07:17
挽歌(14)
挽歌(14) 「おい洋介君。中学にはぜひ合格してくれよな。俺と遊んでいたんでスベったって言うんじゃ、俺も面目ないからな」  実際ちょっと心配げな顔付きをした。 「大丈夫です」  洋介は声に力を込めて応えた。 「そうよ。洋ちゃんが落っこちたら、わたしも生きてはいれないわ」  有子が横から言った。その時、洋介は有子が微熱でも出ているのか、顔が赤く上気しているのに気付いた。張りつめた声に波があって何か異常な口振りであった。音曲も歌もない沈みがちな酒席をもりあげるように、有子は来客に酌をしてまわった。小島の... ...続きを見る

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2011/03/23 08:00
挽歌(13)
挽歌(13)  立春になった。  二月の初旬であった。その日は寒さが厳しく、午後から氷雨になった。  夕方、大野屋百貨店から洋介の官舎に使いの老人がきた。 「明日、小島が応召するので、本人の希望でもあり、ちょっとだけ洋介さんに顔を出してほしい。中学受験でたいそう忙しいことは十分に承知しているが、何せことがことなもので…」  と、使いも困惑した口上で言った。  洋介の母も、一瞬困った表情で眉を寄せたが、 「ともかくご挨拶をさませたら、すぐ帰っておいで」  という約束で洋介を送り出した。  洋介が... ...続きを見る

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2011/03/22 07:13
挽歌(12)
挽歌(12)  八月の半ばを過ぎると、いきなり秋になった。  子供たちで賑わった川には、もう誰の姿もなかった。薄がそよいで、川はいつもの表情を取り戻していた。  洋介も最後の追い込みが始まっていた。毎日、山のような宿題が渡された。  二学期も間近なので、そろそろ気を引き締めるように、父も言った。両親から言われなくても、年内に大野屋別荘に出掛ける余裕はなかった。ただ大野屋別荘の誰にも会えないことが寂しかった。が、それも後半年だと思うと我慢ができた。 ...続きを見る

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2011/03/21 08:31
越前和紙
越前和紙 おさかさんのブログ(越前和紙を紹介されている) 越前和紙の小部屋 ...続きを見る

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2011/03/20 14:14
挽歌(11)
挽歌(11)  いきなり目に飛び込んできたのは、有子の裸身であった。衣類を脱ぎ捨てた有子の背後姿が、洋介の目の前に立っていた。あっと思わず目を離した。が、一息おくと、こんども洋介は目を皿にして隙間を覗き込んだ。肌が潤っていて白檀の立像のように見えた。  急に、タキの簡単服の背中が有子に重なった。タキが右手に持った絞った晒布で、有子の背中を丁寧に拭っている。お湯で有子のからだの温水摩擦をしているのだった。  暫くすると、タキは右の方にしゃがんで姿が消えた。そこにお湯を入れた洗面器が置いてあるらしい。  有... ...続きを見る

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2011/03/20 07:34
挽歌(10)
挽歌(10)  盛夏になった。  洋介は午前中の補習授業が終わると、午後は毎日水浴びに行くと言って大野屋別荘に行った。  洋介は大野屋別荘に着くと、裏の勝手口から声をかけて、有子の寝ている部屋に通った。部屋にはいつでも小島かタキがいた。  有子は大抵寝んでいたが、時には夜具の上に座って皆でトランプをした。有子は病的とでもいえるカンのよさで、誰もかなわなかった。  有子が眠っているときは、ジブを連れてすぐに水浴びに出掛けた。  北陸の夏は炎暑だった。天空を焦がしているような青空の下には、堤防の荒々しい... ...続きを見る

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2011/03/19 07:39
地震Twitterの呟き、挽歌(9)
地震Twitterの呟き、挽歌(9)  Twitterの呟きを集めたものが話題になっていると聞き、探してみました。  ご存知の方も多いと思いますが、私はすごく勇気付けられたので、知らない方の為に一部ですがご紹介しますね。 ...続きを見る

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2011/03/18 07:27
放射線、挽歌(8)
放射線、挽歌(8)  急に毎日のようにニュースで聞くようになった「サプレッション プール」、「マイクロシーベルト」や「モニタリングポスト」  人生で一度も聞いたことがなかった言葉ばかりです。  残骸のようになった建屋の映像を見ました。被曝や爆発の危険と隣り合わせで作業をされている方々の恐怖は想像を絶するものがあります。  私達は「マイクロシーベルト」レベルで心配していますが、「ミリシーベルト」の中にいるのです。   東電の記者会見において、どんな言葉を引き出したいのか、誘導尋問に近い質問をされる記者の方がい... ...続きを見る

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2011/03/17 06:15
東北関東大震災
東北関東大震災  巨大地震、津波、福島原発による放射線。  被災者でなくとも、停電、通勤通学困難、そして東京株式市場暴落。  正負の法則が本当にあるのなら、日本にはもういいことしか起こらないと信じたいです。   どの局のニュースを見るかは、出演者の顔立ちが柔和か、コメントが温かいかが決め手になっているような気がします。無意識に癒しを求めているのですね。   避難所で辛い生活を強いられている皆様が一日も早く落ち着いた日常が送れますように。節電と募金で応援します。 ...続きを見る

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2011/03/16 07:35

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